番外編速報
北朝鮮の新「核ドクトリン」採択に関するQ&A
北朝鮮は2022年9月8日に新たな核ドクトリンを公表した。これにより2013年4月1日に採択された最初の核ドクトリンは無効となった。(http://www.rodong.rep.kp/ko/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2022-09-09-0003)
Q:今回の新ドクトリン採択の背景は?
A: 背景を知る上で、今年北朝鮮・金正恩体制が正式な樹立10周年を迎えている点、つまりこの間の北朝鮮の国家戦略上の変化を確認しておく必要がある。
第1に、最初の核ドクトリン(「自衛的核保有国の地位の一層の強化に関する法」(http://www.kcna.co.jp/calendar/2013/04/04-01/2013-0401-030.html))が最高人民会議により採択されたのは、2013年4月1日であるが、その前日の同年3月31日には経済発展と核開発の新たな「並進路線」が発出されており、つまり核開発と経済発展が一セットとなっていた。(http://www.kcna.co.jp/calendar/2013/03/03-31/2013-0331-024.html)
しかし、今回は核ドクトリンが経済発展と切り離され、これまで事実上とされてきた並進路線放棄が正式に確認されたことになる。つまり、同体制が当初国家戦略の目標として掲げた経済発展は結局うまくいかず、核開発が突出する形で先行していることが再確認され、今回の新ドクトリンおよび9月9日に金正恩の演説は「それでよいのだ!」ということを宣言したに等しい。結局、この体制の過去10年間の成果は、核・ミサイル開発進展にしかなかったということだ。(哀れ、否、自業自得というべし。)
第2に、2013年に採択した最初の核ドクトリンは、当時の米オバマ政権向けのメッセージであったが、この10年の変化を踏まえて更新する必要があった。例えば、最初の核ドクトリンには核不拡散の件で「核なき世界」実現に貢献する意思がある旨記され、オバマ政権を意識するような表現も見られたが、結局オバマ大統領との首脳会談は実現できなかった。次のトランプ政権では首脳会談を3回実現し、特に最初のシンガポール会談では米国から体制の「安全の保障(担保)」の言質を取ることができたが、到底不可能な米国側の核軍縮には至らなかったばかりか、経済制裁は緩和されず、テロ支援国家再指定も解除されなかった。しかし、北朝鮮の観点に立てば、外交政治面での成果は得られなかったものの、各種ミサイル能力が向上したことから戦術核運搬能力に一定の自信が得られたし、また、来るべきバイデン政権との対話において、交渉条件の好材料にすることもできる。仮にバイデン政権と対話できずとも、トランプ氏が大統領に復帰した場合の備えにもなる。さらに、米中対立およびロシアのウクライナ侵攻の継続により、事実上の中ロによる庇護へも期待できる。
第3に、核・ミサイル能力の向上を10周年の早い段階で内外に示したかったが、コロナ禍で国内の感染状況への対応に追われることになり、さらにロシアによるウクライナ侵攻、特にロシアの核使用の恫喝による核次元での国際的緊張の高止まり、中国による台湾および日本への軍事的圧力強化の常態化等により、7回目の核実験実施のタイミングを逸している状況が続いたため、9月9日の建国記念日を契機に宣言政策としての核ドクトリンの更新を先行せざるを得なかった。
第4に、「先制攻撃も辞さない」とする韓国の新政権が米韓同盟再強化および対日関係改善に積極的であることも、主要な背景要因であることは言を俟たない。特に韓国軍は前政権下でも斬首作戦想定を維持しており、近年向上している米国の探知能力を含め米韓軍への北朝鮮が脅威感を高めていても不思議ではない。
Q: 今回の「核ドクトリン」更新のポイントは?
A: ポイントは2つある。核戦力の指揮統制の充実化および核使用の条件の詳細化、である。まず、核戦力の指揮系統については、金正恩が核使用の最終意思決定者であることは旧ドクトリンから変わらないが、今回は彼を補佐する司令部が明記され、使用決定から執行までの過程が体系化されたことが示されている。さらに、かかる指揮統制体系が危機に瀕した際には、敵の策源地(指揮官を含む)対し自動的かつ即時に核攻撃が行われるとされている。(「指揮官を含む」の部分については、米国から情報等の支援を受けたウクライナのロシア軍指揮官への攻撃の成功を意識したのかもしれない。)
次に、核使用の条件については、具体的に5項目提示されているが、その前に2つの原則が示されている。即ち、(1)北朝鮮は、国家及び国民の安全を著しく脅かす外部からの侵略及び攻撃に対する最後の手段として核兵器を使用する、(2) 朝鮮民主主義人民共和国は、他の核兵器国と協調して北朝鮮に対する侵略又は侵略行為に従事しない限り、非核保有国に対して核兵器を脅迫し、又は使用してはならない、というものである。後者は旧ドクトリンの「条件付き消極的安全保障」の再確認に過ぎない。そして、核使用の5つの条件は次の通りである。
1) 朝鮮民主主義人民共和国に対する核その他の大量破壊兵器による攻撃が行われ、又は差し迫ったものであると認められる時
2) 敵対勢力による国家指導部及び国家核軍司令部に対する核攻撃又は非核攻撃が実施された又は差し迫ったものであると認められる時
3) 国家の重要な戦略目標に対する致命的な軍事攻撃が実行された、又は差し迫ったものであると認められる時
4)戦争のエスカレーションおよび延長を防止し、戦争の主導権を掌握するための運用上の必要性が必然的に高まるような緊急時
5)国家の存立と国民の生命の安全に壊滅的な危機が生じた場合、核兵器による対応が不可避となる事態が生じた場合
作文、否、宣言政策としては比較的よく練られた表現である印象を与える。尤も、核保有国の一般的な核ドクトリンをある程度研究すれば、この程度の作文は可能であろうが。また、「国家の存立云々」は、近年どこかで聞いたような表現だが...。
なお、新ドクトリンは全部で11項目あるが、核使用の使用条件の後にある核戦力の通常の動員態勢、核兵器の安全な維持・防護、核戦力の大量強化・更新、拡散防止等については、文章表現から未整備が示唆され、また、旧ドクトリンから殆ど変化ないものもあり、注目には値しない。
Q: どこか特定の国の核ドクトリンを模範としている可能性はあるか? 特に米国の「トライアド」にようなものはあるか?
A: 「トライアド」や「3本柱」のような象徴的な表現はない。核戦力の構成として、核兵器(爆弾)、運搬手段、指揮統制体系およびその運用・更新に必要な人員、装備・施設、という表現がみられるだけである。潜水艦技術が低レベルのままで、さすがにそこまでの誇大表現は使えないであろう。
(了)
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